薬局で働いていると塗り薬の混合指示はよく見かけます。
その多くは、ステロイドとワセリン(プロペト)の混合、もしくはステロイドと保湿剤(ヒルドイドや尿素)の混合です。
さて、この2種類の混合ですが、個人的にはどちらもあまり意味があるとは思えていません。
塗る回数を減らす、ステロイドを薄める、保湿剤より薬価の高いステロイド軟膏の量を減らすことで医療費が抑えられる、などの意見もあります。
しかし、多くの場合、塗る回数を減らす以外のメリットはほぼ無いと感じます。
塗り薬の混合について考えていきたいと思います。
ステロイドの塗り薬はワセリンで薄めても効果への影響は限定的
ステロイドの塗り薬の多くは、軟膏基剤にステロイド成分が溶け切っていません。
飽和状態を保っている方が成分の放出に優れているため、そのようにされているようです。
例えば、アンテベート軟膏では1/16、ロコイド軟膏は1/130しか主成分が基剤に溶けていないとされます。
理論上はワセリンなどで数倍に希釈しても、飽和状態が続くと考えることが出来ます。
とはいえ、実際は理論通りにいくわけではなさそうです。
アンテベート軟膏をワセリンで16倍に希釈した場合、基剤に溶けている主薬の濃度は1/2に低下したそうです。
単純計算では、8倍に希釈しても濃度の低下は1/4、4倍希釈で濃度の低下は1/8になります。
組み合わせによって結果は異なると思いますが、ワセリンで数倍に薄めた程度ではステロイドの効果への影響は限定的だと予想されます。
参考:maruho,皮膚外用剤の希釈
塗り薬の混合は医療費の削減につながるのか?
ステロイドの塗り薬はワセリンよりもグラム単価が高いので、ワセリンと混ぜることで医療費の削減になると言われることもあります。
しかし、塗り薬を混合した場合には、総量の大小に関わらず計量混合加算80点(800円)が加算されます。
つまり、塗り薬の混合には追加のコストがかかりますし、総量が少ないほど割高になります。
「ステロイドの塗り薬を数倍に薄めても効果への影響は限定的」と考えた場合、ステロイドとワセリンを1:1程度で混ぜた塗り薬は、ステロイド単独とほとんど変わらないと考えることが出来ます。
なお、ステロイドの塗り薬の基剤の多くはワセリンが含まれているので、保湿力への効果も限定的と思われます。
アンテベート軟膏とワセリンを混合した場合と、混合された総量のアンテベート軟膏単独での薬価と計量混合加算を比較してます。
※2020年1月時点のアンテベート軟膏(24.3円/g)、ワセリン(2.38g/円)の薬価で計算しています。
薬価と計量混合加算の 合計(円) | |
アンテベート軟膏5gとワセリン5g混合 | 945.3 |
アンテベート軟膏10g | 364.5 |
アンテベート軟膏20gとワセリン20g混合 | 1090.6 |
アンテベート軟膏40g | 729 |
アンテベート軟膏40gとワセリン40g混合 | 1381.2 |
アンテベート軟膏80g | 1458 |
表のように、アンテベート軟膏とワセリンを1:1で混合する場合は、40g:40g以上の混合から医療費削減になりそうです。
その点でも少し損した気持ちになります。
※サンホワイト単独では薬価がなく保険適応はないですが、市販の製品を購入することは出来ます。
同様にロコイド軟膏とワセリンの1:1の混合を考えた場合、75g:75g以上の処方から医療費は逆転します。
薬の種類(ジェネリック含む)・混合割合・総量しだいですが、「ワセリンと混合=医療費削減」とはならないことも多々あります。
また、薬局によっては軟膏ツボ代を請求されることもありますし、待ち時間も長くなります。
薬局経営という点で考えると、計量混合の80点はとても大きいですが必要性はまた別の話。
医師によっては塗り薬の混合によるコスト増や調剤時間増については意識されていないこともあります。
軟膏ツボ管理の衛生面
混合=不衛生というわけではありません。
混合された塗り薬は軟膏ツボで渡されることがほとんどですが、軟膏ツボに入っている薬は衛生面にも注意したいところです。
こちらの報告によると、手に付いている菌が軟膏ツボの中で繁殖することも多いとされます。
量も多く使い切るのに時間がかかる場合などは特に注意が必要です。
そのため、衛生的に使う場合には、チューブなどの小包装のほうがメリットがあるように感じます。
とはいえ、塗る範囲が広い場合はチューブだと手間になるので、軟膏ツボのほうが使いやすいと思います。
軟膏ツボに入っている塗り薬を指で取らずに、専用のスプーンなどを使って取ることなどの工夫をすることで、衛生的に使えると思います。
ワセリンの混合はヒルドイドの保湿効果を下げる可能性
ヒルドイドとステロイドを混ぜるという処方も見かけることがあります。
しかし、ヒルドイドソフト軟膏は、ワセリンと混ぜることで単独よりも保湿効果を弱めるという報告もあります。
参考:ヘパリン類似物質製剤の希釈に関する保湿効果の検討
ワセリンは多くの塗り薬の基剤として使われています。
目に見えないことですが、ヒルドイドを混合すると保湿力が下がる可能性があるので注意が必要です。
このように効果を最大化するためには混合せずに、それぞれ塗ったほうが良いこともあります。
ヒルドイドシリーズ、およびそのジェネリック医薬品は子どもの乾燥肌などの肌トラブルにも広く使われる塗り薬です。しかし、ヒルドイドシリーズは種類も多く、使用感なども製品毎に異なります。さらにジェネリックにも特徴的な製品が多いので[…]
塗り薬は混合可否は「配合変化ハンドブック」などで確認
塗り薬の組み合わせ次第では、混合することによって以下のような問題が起こることがあります。
- 吸収が増加する
- 吸収が低下する
- 液状化する
これらは塗り薬の基剤や主薬によって異なりますし、先発品とジェネリックで混合の可否が異なる場合もあります。
逐一調べるしかないと思いますので、「軟膏・クリーム配合変化ハンドブック」は薬局には必須の一冊と言えます。
また、混合することで不安定化する塗り薬として、液滴分散型製剤があります。
液滴分散型製剤のオキサロール軟膏、アルメタ軟膏、プロトピック軟膏などは混合に適していないと考えられます。
混合の可否については、なぜだか割と軽視されている印象があります。
塗る回数を減らせる可能性はある
アトピー性皮膚炎の治療をする場合などは、ステロイドやプロトピックと保湿剤を併用することが多くなります。
種類が増えれば増えるほど、塗る手間は増え、結果として指示された回数塗ることが難しくなる場合があります。
期間が長くなるほど、塗り薬を適切な回数続けることは難しくなっていきます。
以下の報告によると、遵守率は8週間で84.6%から51%に低下しています。
参考:Adherence to topical therapy decreases during the course of an 8-week psoriasis clinical trial: commonly used methods of measuring adherence to topical therapy overestimate actual use.
塗り薬の種類を減らすことは、続けやすくなるという点では大切な要素になるでしょう。
ただし、「体にステロイドとワセリンの混合、顔にワセリン単独」のようなケースでは、「全身にワセリン、顔には追加でステロイド」と手間は変わりません。
「体にステロイドとワセリンの混合、顔には異なるステロイドとワセリンの混合」のようなケースでは、手間が減るメリットがあると言えます。
塗り薬の混合について【まとめ】
- ステロイドの塗り薬はワセリンで数倍に薄めても効果が弱まるとは限らない
- ワセリンで薄めても医療費は高くなることが多い
- 軟膏ツボでは衛生面も気になる
- ヒルドイドと多くの塗り薬は混合することで保湿効果が下がる可能性がある
- 混合に適していない組み合わせもある
- 塗る回数を減らせるケースもある
塗り薬の混合には、「使用者の手間を減らせる」という最も重視すべきメリットは確かにあります。
しかし、多くのケースでは相応のコストもかかりますし、あまり意味を感じることの出来ないケースもあります。
薬局経営を考えると混合による点数はありがたい面もありますが、医療費の増加にも繋がっています。
患者さんの希望がある場合や、混合することのメリットが大きい場合もあると思いますが、現状は塗り薬の混合が多すぎるのではないかと考えています。